「火神君、火神君。朝ですよ、起きてください。遅刻しますよー」
耳元で何度も名前を呼ばれ、火神は目を閉じたまま低く唸った。ゴロリと寝返りを打って、五月蝿い声から逃げようとする。
しかし、相手はそんなコトで怯むような殊勝気な性格をしていない。すぐに、さっきよりも大きな声で呼びかけてきた。
「火神君火神君朝ですよ、火神君火神君朝ですよ、火神君火神君朝です…」
「だぁぁぁぁっっっ、ウッセー!!」
1本調子で延々と同じコトを言われ続け、遂に限界を迎えた火神は布団を跳ね除けて飛び起きる。
そして、枕元にチョコンと座っている『彼』の頭をガシッと掴んだ。
「ウッセーよ黒子、バカみてーに同じコト繰り返すんじゃねーっ!!」
「キミが起きないからいけないんじゃないですか、早くしないと遅刻しますよ」
「わーってるっての、ったく…」
「理解ってるならサッサと起きてください、それと電池が切れそうなので充電お願いします」
「あーハイハイ」
無表情で自己主張してくる黒子に適当な返事をした火神は、ヨイショとコードを引っ張ってきた。
──黒子は、火神の携帯である。
「火神君、今日は夕方から降水確率が60%ですよ。折り畳みでいいから、傘を持ってった方がいいです」
玄関で靴を履いていると、黒子が傘立てを指差して忠告してくる。あ~?と唸った火神は、
「平気だろ、多分」
とドアノブを掴んだ。
「…全然平気じゃありません。そもそもキミは濡れても大丈夫でしょうが、ボクは防水加工されて無いんですから雨は天敵なんです。それに根拠も無く雨って言ってる訳じゃないんですよ。チャンと気象庁のデータを基に立てられた予報を伝えている訳で」
「あーもー、わかったわかった。持ってくから、折り畳み」
折角のアドバイスを適当にあしらわれて機嫌を害したらしい黒子が、いつもより早口で捲くし立ててくる。いつまでも終わりそうにない説教に手を振った火神は、靴箱の上に置いてあった傘をバッグに放り込んだ。
いつもの道を、大股で歩く。と、不意に黒子が「…あ、」と言った。
「?」
「あんなコトいいな、でっきたらいいな、あんな夢こんな夢~♪」
「だーーーーーーっっっ?!!」
突如コミカルな歌を歌い出した黒子に、火神は公道のど真ん中で絶叫する。周囲の人間が自分を見ながらクスクスと笑うのに顔を赤くしながら、ガシッと黒子の頭を鷲掴んだ。
「テメー、それは何だ! ンで、メールの着メロがドラえ○んなんだよっ!」
「ボクが好きだからです」
「好きだからじゃねーっ! 勝手に変えんじゃねーよボケ、英語の歌にしてあったろ、そっちに戻せ!」
「えぇぇ…? コッチの方が可愛いじゃないですか。……あ、」
「あ?」
「そぉだっ、恐れない~で~み~んなのたっめっに、愛と勇気だけ~が~♪」
「ざけんなボケェェェェェッッッ!!! 何っで電話の着メロがアン○ン○ンなんだよっっ!?」
「ボクが好きだからですよ、決まってるじゃないですか」
「だから勝手に変えんじゃねーよ!!!」
「明日は練習試合だから、目覚まし6時に頼むな」
「理解りました」
コクリと頷いた黒子が、枕元にチンマリと座り込む。オヤスミナサイと頭を下げた彼にオヤスミと返した火神は、布団に潜り込むと目を閉じた。
「……火神君、眠れないんですか?」
十数分後、目を閉じてはいるものの全く眠気に好かれない火神に、黒子が密やかに喋りかけてくる。う~あ~と唸り声で返した火神に、黒子は仕方が無いですねぇと小さく溜め息を吐いた。
「羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が…」
「…………それ何だ? 黒子」
「眠れない時のおまじないです」
「ふぅん…」
「羊が四匹、羊が五匹、羊が六匹、羊が七匹…」
──なるほど、単調な語りが子守唄のようにも聞こえる。フワァと大欠伸をした火神は、やがて夢の世界へと旅立って行った。
「…………寝ましたか、火神君?」
静かな寝息が聞こえてきたのに、965匹目を数えた黒子は背後を振り返った。クーカーと気持ち良さそうに寝ている持ち主に、フッと笑みを浮かべる。
「──おやすみなさい、火神君」
小声で囁いた黒子は、自分も目を閉じると静かに朝を待った。